TheBOX

箱一杯の記憶

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自信がない人。本気で打ち込めない人。

 誰かとの別れを涙で迎えたことが無い人生を送ってきた自分には、どうしたら涙を流してしまうような最後を迎えられるのかをどう考えても実現できないんじゃないかとか思ってしまう。そういう場面に遭遇している人がいても、自分はそういうタイプじゃない。そう言ってしまえば確かにそこでお仕舞いなんだが、もう少し深めたいと思ったのでただ考えた事を纏めずにつらつらと書いていく

 そもそも自分は人間関係をそこまで深く持てない性質で、気付くとどんな人ともどことない距離感がある事が多くある。そもそもの話、どれくらいの距離感で人と接することが適切なのかがそもそも分からない、所謂、俗に言う"陰キャ"というヤツなので距離を近付けることに危機感を感じてしまう。気付くと腕を組んでしまう癖はそこから来ているのか?と思ってしまったり……話が逸れた。兎に角、こんな感じで人に特段強い思い出を残さないという人だからという理由が一つ。

 次に考えたのが、最後に涙が出てくるくらい必死になって打ち込んでいなかったからという点。周りを見るとみんなその事に一生懸命…いや、それこそ「一所懸命」になって取り組んでいる中で、自分はどことなく冷めた様にそこに居座っている感じがしてならない。周りの人と比較したら一緒にいる事が申し訳なくなってくる程度には。だからといって全力尽くして取り組んでみようとはしない。どことなく自分は「熱しやすく冷めやすい」という面倒くさい人間であるように感じていて、実際も恐らくきっとそうなんだろう。

 ほんの中学生徒だった頃の昔話だが、本当に自分がしたいことがあればとても全力を尽くして追いかけていたし、達成したときの達成感は半端ない事も体験した。とても居心地が良かったことを覚えている。確かに当時は自信に溢れていてなんでも自分から進んで物事に取り組んでいた。でも当時でも本気と隣合わせで過ごしていた中学の集大成である卒業式では泣くことはなかったからこれは性格もあるのかとも思い始めてきた。

 高校に入ってから自分に対する「自信」が8割9割…殆ど失われた様な気がする。やってもやっても追いつかないから途中で諦めてしまった。まさに挫折というものである。そこで自分は立ち上がって修正することが出来なかった。実は中学の頃から些細な事でモチベーションを維持出来ないなどその鱗片は見え始めていたのだが……やはり限界はあった様だ。

 ……ここまで脳内アウトプットをしてきたが、どうやら自分はまず自信を持つことが出来るようにしないといけないらしい。大分難しい課題である。 

参考閲覧サイト:本気になれない人の特徴