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箱一杯の記憶

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就活をちょっとして感じること

最近就活が活発になり始めた。学部学科や専攻によって就活開始時期がそれぞれ違うようだが、最近は早まりつつあると言われている。人事さんには就活始めるのが早いねと言われるが、自分の中では誇張表現だと思っている。先輩も同学年他学科の大学生もだいたいこの時期に就活を始めて、3月末には既に終えている人が多かったからだ。

自分は基本的に逆スカウト型のHPを利用してインターンや個別面談をしたりしているのだが、学歴フィルターはそれまでの努力次第では老舗大手以外なら大体無効化されると感じ始めた。なので、出身大学については大手行かないなら気にしなくていい気もする。

そして、会社に入ってからの事も想定した生活を送っておいた方が良いとも様々な会社の人事さんと話していると改めて感じた。簡単な例でいうと消費税の簡単な大枠の仕組みについてや、大体の情勢がどう動いているかも把握して置いたほうがいいな…と。そういう基礎情報を軽んじているとこの先確実に痛い目見ると話していて思いヒヤヒヤした。当然、情報技術だけでは食ってはいけない。経済ありきのシステムだし。

人事が見ているのは、今自分がやるべきことに対する姿勢、その人の雰囲気、挑戦意欲、一緒に働きたいかという点にかなり注目している。大学の先輩や教授はよく成績はあまり関係ないとか、資格はあんま役に立たなかったとか教えてくださるが、おそらくその人達がそこを売りにしなかっただけで実際すごく見ているしエゴサも半端ないのでできることからやっていくべきだと改めて感じる。

静かな記念日を。

私は自分の生まれた日をFacebookで公開していないし、勿論Twitter、LINEでも公開していない。理由は実に寂しいもの。祝ってほしいとも思っていないし、そして私はよく人の誕生日にちゃんと祝えていないことも後ろめたさに繋がり公開をしていないのだ。公開すれば、気付きのいい友人はすぐに送ってくれる。それが寧ろ此方の罪悪感に繋がるのだ。

私は悉く人付き合いが苦手な人種だと思ってしまう。此方から全くなにもアクションを起こさない事ばかりで、最終的に愛想をつかされる。それは完全に此方にしか非がないしどんなに頑張ってしようとしても抜けて行き改善されない。私と付き合うとその人の気持ちを下げてしまうので、深く付き合わない方が良いと思ってしまう。

Twitterの有名な外部連携サービスで、Peingという匿名で質問できるというサービスがある。あの自動生成質問で「LINEの友達はどれくらい友達?」と訊かれてはっとしてしまった。私の実際の友達と呼べる人は、多く見積もったとしてもほんの1割ちょっとだけだったのだ。私は純粋に、私はそういう人間だよなあ、と思ってしまったのはまた問題だろうとは感じている。

でも。気が楽だ。沢山の人からおめでとうと祝われて一周回って心労を抱えるより、限定的な数人に一言だけおめでとうだね、と言われる方が、軽くて、そして優しくて、嬉しい。そんな気がする。それくらい、静かな記念日を過ごしていた方が、私の丈に合っている気がするのだ。

ガラスのコップが懐かしい話

今日久々に硝子のコップで水を飲んだ。弟が小さかった頃から、簡単に壊れない様に合成樹脂で出来たものをずっと使っていた。物持ちは良く、もう5年以上使っているのだろうか。手軽に使えるものだから、ずっと合成樹脂のもので飲み物を飲んでいた。

今日ふと硝子のコップが目に入り、これで水を飲もうと思った。これは合成樹脂のものより前からずっと家にあるものだったが、ある時からあまり使わなくなった。きっかけは覚えていない。

透明な硝子と氷がぶつかる音が、とても心地よく聞こえた。とても懐かしく感じた。そういえば、最近この当たり前の様な音を全然聞いていない事を実感した。私があの頃から変わったのか…どこな不思議な感覚を覚えた。

他にもあの頃と今では感覚が変わっている所があるかもしれないとも感じる。私は少なくとも、少しずつ変化している。

進まぬ日々

今日も今日とてわたしは成長なし。最近良くわたしは小学校から成長が止まっていると思う。なまじ中身のない知識のみが身についたでかい餓鬼だと思う。

成長がない。これは人間じゃない。動物だ。

4日分の進捗

  • 07/04:とあるカウントアプリのサーバー()側の処理をある程度完成させた

androidアプリを作ってわくわくしようという授業で、TCPUDPを使って通信するアプリを作りましょうと言われているので、取り敢えずみんなのばらばらの端末から統合された一つのカウンターを使うという用途があまりわからないアプリを作成することにした。使用言語はどちらもJava。最初はメモ帳を共有するアプリにしようかと考えたけど実装量が多いと思ったので超絶サボった結果がこのアプリである。たぶん最後まで実装はできそうだがそのかわり見栄えはしない。周りの皆がどんなアプリを作ってくるのかが怖い所だ…。

  • 07/03:とあるページのヘッダーっぽいところを実装できた

cssに久々に触った。変なところで間隔が出たりするので少しそこで悪戦苦闘した程度か。

  • 07/02:とある動画の構成とリズム取りを完成させた

動画が長いと面倒なので8拍位音楽を削ったりした。まあ違和感なく繋げられたからいいでしょう。あとPremiereでリズムを取ったあとは全体的に1フレーム前にずらすと出力後の違和感がなくなることを学習した。

  • 07/01:自作アプリのメモ帳のRealmを使ったセーブ機能を実装した

殆ど前に自分が作っていたアプリを参考に作成した。「覚えているけど覚えていない」という状況だ。というか自分で新しくアプリを作成するのが数ヶ月前…いや、下手したら半年ぶりなのでもっと高頻度に進捗を出さないと死にそう。

自信がない人。本気で打ち込めない人。

 誰かとの別れを涙で迎えたことが無い人生を送ってきた自分には、どうしたら涙を流してしまうような最後を迎えられるのかをどう考えても実現できないんじゃないかとか思ってしまう。そういう場面に遭遇している人がいても、自分はそういうタイプじゃない。そう言ってしまえば確かにそこでお仕舞いなんだが、もう少し深めたいと思ったのでただ考えた事を纏めずにつらつらと書いていく

 そもそも自分は人間関係をそこまで深く持てない性質で、気付くとどんな人ともどことない距離感がある事が多くある。そもそもの話、どれくらいの距離感で人と接することが適切なのかがそもそも分からない、所謂、俗に言う"陰キャ"というヤツなので距離を近付けることに危機感を感じてしまう。気付くと腕を組んでしまう癖はそこから来ているのか?と思ってしまったり……話が逸れた。兎に角、こんな感じで人に特段強い思い出を残さないという人だからという理由が一つ。

 次に考えたのが、最後に涙が出てくるくらい必死になって打ち込んでいなかったからという点。周りを見るとみんなその事に一生懸命…いや、それこそ「一所懸命」になって取り組んでいる中で、自分はどことなく冷めた様にそこに居座っている感じがしてならない。周りの人と比較したら一緒にいる事が申し訳なくなってくる程度には。だからといって全力尽くして取り組んでみようとはしない。どことなく自分は「熱しやすく冷めやすい」という面倒くさい人間であるように感じていて、実際も恐らくきっとそうなんだろう。

 ほんの中学生徒だった頃の昔話だが、本当に自分がしたいことがあればとても全力を尽くして追いかけていたし、達成したときの達成感は半端ない事も体験した。とても居心地が良かったことを覚えている。確かに当時は自信に溢れていてなんでも自分から進んで物事に取り組んでいた。でも当時でも本気と隣合わせで過ごしていた中学の集大成である卒業式では泣くことはなかったからこれは性格もあるのかとも思い始めてきた。

 高校に入ってから自分に対する「自信」が8割9割…殆ど失われた様な気がする。やってもやっても追いつかないから途中で諦めてしまった。まさに挫折というものである。そこで自分は立ち上がって修正することが出来なかった。実は中学の頃から些細な事でモチベーションを維持出来ないなどその鱗片は見え始めていたのだが……やはり限界はあった様だ。

 ……ここまで脳内アウトプットをしてきたが、どうやら自分はまず自信を持つことが出来るようにしないといけないらしい。大分難しい課題である。 

参考閲覧サイト:本気になれない人の特徴

腹痛で悶絶している時の時間

 とてつもなくお腹が痛いときの時間が無駄に感じる。けど腹痛でなにもできない時になにかもっと生産性のある時間を作り出せないかと考えていた。

 そして、腹痛を何故か共有したがる癖が自分にはある。というか、SNSをよくするせいもあるので、自分の体調を書きたがるくせがあるというものもある。でも、基本的にそういう情報がタイムラインに流れても「かまってほしい」というように捉えられ兼ねないという問題がある。

「じゃあおもしろおかしく共有すればいいのでは?」

 お腹が痛いときに「お腹痛いボタン」なるものを連打して、任意のサービスに共有する簡単なアプリ。30回押したら、「30腹痛い」みたいな感じでPostする… 発想が乏しいけど、何度も「お腹いたい」とPostするよりまあマシか…?実際に運用してみないと分からないけれども。あとは画像をつければいいのか。